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1 29, 2005

フィリップ・ジョンソン

MoMAの建築部門設立やAT&Tビル(現ソニープラザ)で知られる米建築界の巨匠フィリップ・ジョンソン氏が、2005年1月25日に死去したとAP通信が報じました。御年98歳。最期はコネティカット州ニューカナーンの自宅「グラスハウス」だったそうです。

98歳の誕生日を機に引退を表明したばかりのフィリップ・ジョンソン。2005年1月号のCasa BRUTUSでも取り上げられていました。

代表作は、1949年にコネティカット州に建設した通称「グラスハウス」。鋼鉄の枠とガラスでできたシースルーの建築物で、ミース・ファン・デル・ローエの影響が随所に見られます。
1978年に米国建築家協会(AIA)金メダル受賞、翌79年には、建築関係の最高峰とされているプリツカー賞の初代受賞者となりました。後年、自身のコレクションである現代美術の超重要作品(ジャスパー・ジョーンズ「旗」、ロイ・リキテンシュタイン「ボールを持つ少女」、アンディ・ウォーホール「金色のマリリン・モンロー等)をMoMAに寄贈。建築とアートを結びつけた功績はあまりにも大きいものがあります。

フィリップ・ジョンソン Philip Johnson


1906年、オハイオ州クリーブランド生まれ。裕福な家庭に育ち、ハーバード大学では哲学を専攻。卒業後、世界中を旅行して建築に関する見識を培い、1930年に帰国。ニューヨーク近代美術館(MoMA)建築部門ディレクターに就任し、30?36年、46?54年と2期に渡って同職を務めた。32年には同館最初の建築展『モダン・アーキテクチャー』を、建築士家のヘンリー=ラッセル・ヒッチコックと開催。ル・コルビュジエ、ヴァルター・グロピウス、ミース・ファン・デル・ローエなど近代建築運動の中心的役割を果たしていた建築家たちの作品を模型や写真、図面で紹介。同時に『インターナショナル・スタイル』という本を出版し、古典主義様式が主流だったアメリカ建築界に一石を投じた。 34年には、バネやプロペラなどの工業製品を集めた『マシン・アート』展を開催。このような工業デザインがコレクションの対象になるという画期的な展覧会となった。

40年に建築の修士号をとるためにハーバード大学に戻り、マルセル・ブロイヤー、ヴァルター・グロピウスに師事。卒業後、37歳で建築家としての活動を開始する。

49年の「グラスハウス」にはじまり、シーグラム・ビルにも見られる装飾をそぎ落としたモダン建築が初期作品には多く見られる。60年代には、リンカン・センターのステイト・シアター、ワールドフェアのパビリオンなどを手がけ、折衷主義に傾倒。67年にはジョン・バージーとパートナーシップを組み、世界中の高層ビルプロジェクトを手がけた。84年、屋上部分に大きなブロークンペディメント(欠けた三角形)を載せたAT&Tビル(ニューヨーク、現ソニー・プラザ)は、ポストモダニズムの代表的建築として高く評価された。その後、アラン・リッチーとパートナーシップを組み、2004年秋に引退を表明。2005年1月25日永眠。


時代にあわせてその作風を変化させ、多彩な作品を数多く残したフィリップ・ジョンソンは、柔軟性と先見性をあわせもった稀代の建築家でした。

The Architecture of Philip Johnson
Philip Johnson Richard Payne Hilary Lewis Stephen Fox
Bulfinch Pr 2002-10


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